2017/06/23-24 大森靖子MUTEKIツアー博多 寸感

6/23
新幹線で博多へ。「稚加榮」で昼食。3回目だけど信じられないくらい美味い。いつか裕福になったら会席を食べに来たい。同行者と太宰府まで行き、九州国立博物館へ行った。こちらは僕は2回目だったし、足も疲れてきたので、ベンチに座りながらちらちらと展示物を見た。同行者はじっくり見て、結構面白がってくれた。その間、ベンチに置いてあった遣唐使についての絵本を読んだりしていた。シブい。
繁華街の方へ戻って、大森さんのライブを見に行った。とりあえず先行物販でグッズを全部買った。(今回のツアーからクレジットカード対応になっている…)今回のグッズはどれも良く思えた。大きなタオルの発色が良くて好き。

コンビニの前でやたらとビールを飲んだあとにライブを見に行った。ライブの内容について、ネタバレを控えて、受けた印象だけ書く。練り上げられたセットリスト。世界観の提示。意外な展開。全力を注ぎ込んだパフォーマンス。一塊になったその力に、今も言葉が見つからない。終わってすぐにもう一度見たいと思ってしまった。うまく説明できない「凄いものを見た」という気持ちと、終演後に大森さんと全然うまく話せなかったのが、初めて大森靖子を見たときみたいだ。今もずっとよく分からない、だけど凄く愛おしいものを反芻しているような気持ちだ。

九州の人と東京の人と一緒に飲みに行って午前1時過ぎに解散した。

6/24
むっちゃん万十のハムエッグ味を3個食べて、「ぎおん太鼓」を買って、家に帰った。

「私の絵がロックンロールになったら」さいあくななちゃん個展へのお誘い

さいあくななちゃんの個展を見に来た。

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個人的な、自分なりの芸術鑑賞方法がある。まず作品に対峙する。ずっとその作品と対峙し続けて、その作品が発している答が見つかるまで見続ける。感じ続ける。そういう方法。
さいあくななちゃんの個展も、そういうやり方で対峙してみようと試みた。

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ななちゃんの多くの絵には、女の子が描かれている。一応、「どろちゃん」という名前がついている。でも、便宜上そう呼ばれているだけというか、あまりその個性が強調されることはない。
名前の由来は聞いたことないけど、「泥」みたいに絵の中で色んな形に作られるからかもしれないし、「ドール」みたいに絵の中で様々な役割を与えられるからかもしれない。本人にあえて訊くことはしないでおこうかなと思う。

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多くの絵の中で、どろちゃんは無表情に正面を見据えている。目尻に涙を浮かべていることもあるが、感情表現としての「泣く」までには至っていないように感じる。醒めた表情。煙草を吸っている表情。ギターを弾いていたり、マイクに歌いかけていたりする時もある。感情を抑えているというよりは、虚ろに日々を送っていて、窓際の席で教室の外ばかり眺めている女の子のようなキャラクタが思い起こされる。それは、あるいは僕の記憶と妄想が混濁しているだけなのかもしれないけれど。

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一方、どろちゃんを取り巻く画面は、ひとつひとつ激しく、鮮やかに描かれている。時に「FUCK」だとか「どいつもこいつも許さない」という言葉が描き込まれている。虚ろな表情の女の子と、その子を取り巻く激しい世界。まず、その対比が美しく感じられる。

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とりわけ、ジャクソン・ポロックのような画面の中に、そこに腰掛けるように佇む女の子がいる絵は圧巻だ。この絵の中の女の子は、他の絵の中の女の子より少し強い表情をしている気がする。しかし、その感情を読み取ろうとしても、掴みきれない。背景の激しい赤、黄、緑、ピンクの筆使いだけがそれを表している。

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(前見た時も思ったけれど、)ななちゃんが何を意図して制作しているのかを知りたいと思う。知りたいけれど、作者に訊いても仕方ないので、とにかく作品を鑑賞する。そこで得たものこそが答えなんだろう。正解なんて無いんだから。

幾つかの作品は、テーマを感じやすい。「大人反対」と大きく描き込まれた絵は、まあその通りなのだろうと思える。自分が写った証明写真が貼られていて、上から絵の具で塗り潰されている。あと、さいあくななちゃんが誰かに向けて描いた絵とか、自分自身のその時の集大成的な作品もいくつかある気がする。そういう絵は、これまで描かれた絵のモチーフが散りばめられたりしていて、ロックバンドのベストアルバムのジャケットみたいな趣きがある。「この絵のこの部分はここだな」という風に発見があるのが楽しい。

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一方、それ以外の、ななちゃんが日々の中で描き続けている作品は、主題を見つけるのが難しい。(というか本人がテーマは決めずに描くことが多いと言っているのを聞いてしまったので、そういうことなんだろう。)そこには、日々の感情の移ろいが瞬間的に保存されたような絵がある。そういう絵が、ものすごい量、ある。そして、それらの絵が個展の時にひとつの空間を埋め尽くす。溜めに溜められた日々の感情が、個展の会期中に放出され続けて、爆発し続ける。そういうところが、さいあくななちゃんの絵が、個展が、好きな理由なのかもしれない。

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そして、やっぱりそれは、アティテュードとしてのロックンロールに通じていると思う。ずっと部屋やスタジオに籠もって、練習を続けて、ライブステージで熱狂的に放たれるロックンロールに。

ななちゃんはいくつか曲を作っている。多くは自分の思いを率直に歌ったものだ。その中に「私の絵がロックンロールになったらいいな」と何度も歌い続ける曲がある。(https://youtu.be/YnSKuey-jGE

鑑賞している僕の側からすれば、ななちゃんの絵は既に思いっきりロックンロールだ。でも「もっと、もっと」と、ななちゃんがロックンロールになろうとする営為を、自分を叩き上げ続ける行為を、絵を通して見せられていると、これからもっと凄いものを見せてくれるんじゃないかと、さらに期待させられる気持ちが湧いてくる。僕はさいあくななちゃんの絵が好きだ。好きだからこんな文章を書いている。そして、あらゆる人の手の中に四角い画面があって、極めて簡単に画像にアクセスできる環境の中、本当に言いたいのは「芸術は 実物を 見ないと 分からない !」ということだ。さいあくななちゃんの描くものが本当に好きだから、実際に絵を見られる機会があったら、一度足を運んでみて、体感して、見てほしいなって思う。

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2017/06/05 Self Portrait

6/5
新宿伊勢丹へ。
5階で行われている展示を見た。

「Self Portrait」と題された絵を見た。

一見すると8ビット調に描かれた遺影のように見えるが、全てのセル(とでも言うべきだろうか。絵を構成するひとつひとつの四角のことだ)が油絵で描かれている。そしてそれぞれのセルが意味を持っている、というか、荒ぶって意見を主張しているように感じられた。
情報量に圧倒された。四角の集まりがひとつの集合体を成していることは元より、立体感や、質感が、作者の持ちうる技術を注ぎ込んで作られているのがひしひしと感じられた。素人意見だけど、目や遺影のリボンは浮かび上がるように見える黒、髪の部分は背景としての黒、と描き分けられているところなんか特に、ここの技術どうなってんだろうスゲーと思った。あと唇の部分も。
とはいえ、技術は伝えたいものがあるから行使されているのだろう。華やかな伊勢丹の真ん中に自分の遺影を、それと分かるができるだけポップな形で描いた作者の意図を思った。「伊勢丹での買い物」は死とは程遠い位置づけにある気がしたので、そのコントラストを面白く感じた。

描いたセルを積み上げて自画像をつくりあげたようにも、自画像を油絵に落とし込んで細切れに断裂させたようにも見える。いずれにせよ行き着く先は死(遺影)だが。

もっとよく見ていたかったけど、足が痛んできたのでその場を離れた。関係ないけど、新宿伊勢丹の1階に入ると店員さんみんな真っ黒の服を着てるよね。あれ「新宿の伊勢丹って感じだ~」って圧倒されるけど、なんか豪華絢爛な葬式にも見えるよね。

2017/06/03-04 さいあくななちゃん個展 大阪

6/3
今日も心斎橋へ。
駅でICカードをチャージしようと券売機に入れたら、磁気定期券を入れるクチと間違えてしまったらしく、ペッ!と物凄い勢いで吐き出された。その吐き出しっぷりが、ピーマンを口に無理やり入れられた子供のように見事で、ひとりでテンションが上がってしまった。些細すぎて伝える相手がいないので書いた。

心斎橋に着いて、杖をつきながらヨッコラヨッコラと階段を上がっていると、高齢者体験をしている人たちが何人か、目隠しや足に重りをつけて降りてきた。
そんなことしなくたって元気なら元気に降りりゃあいいのに、と反射的に思ってしまったけれど、こういう人たちが乗り物の席をぼくに譲ってくれているんだろう。ありがてえ。そういえば大学の時にぼくも障害体験やってたわ。しかも合宿で。

やくしまるえつこの「RADIO ONSEN EUTOPIA」を聴きながら歩いた。このアルバムはめちゃくちゃ良い。こういう企画盤好き。やくしまるえつこが歌う「恋するニワトリ」がスゲー良い。収録曲もこの頃のベスト的な…もう…あの…いやなんでもないです…良いんだよとにかく…。

やくしまるえつこの貴重な歌唱映像
https://youtu.be/aIVMQvbNfbE

サイゼリヤで2時間くらい「kitixxxgaia」を聴きながら、だらしなくぼんやりしていた。そのあとさいあくななちゃんの個展に行った。アメリカ村のBIG STEPから徒歩1分くらいの好立地で個展は開かれている。所狭しと並べられている、ななちゃんが何年もかけて創った絵が壁という壁を埋め尽くしている。初期の絵から5年分くらいの作品が選出されているそうだ。少しずつ筆致が変化しているのが分かる。感覚的な言い方をするなら、その絵は少しずつ「開かれていっている」ような気がする。ななちゃんの心に包まれているような空間。激しい言葉や悲嘆が描かれている絵もあるのに、そこには、踏み込むものを拒絶する気配は無いように感じる。たとえば、怒りが表現されている絵でもそれはただ怒りがそこに表現されているだけであって、誰かへの攻撃ではない、だとか。そんな感じ。
今回はななちゃんが作った曲もCDになって、音源がリピートで会場に流されていた。シューゲイザーチックな浮遊感のある打ち込みの音像に、ふわふわしたななちゃんの歌が乗る。去年の個展で流れていた「私の絵がロックンロールになったら」の真っ直ぐなロックアレンジも良かったけど、今回のも素敵。編曲したkanoさんのCDを物販で買った。

らめちゃん
https://youtu.be/Pnf1SLOSygU

何を思って描いているのか、答は無いよと(あるいは見た通りだよと)、本人には言われそうだけど、それが知りたくてじっと絵の奥を読もうとした。

ななちゃんに「今後は概念と添い遂げます」みたいなことを話したら「しっかりしてくれ」と言われてしまった。それも分かるけどこっちも本気だ。可笑しいよね。

韓国料理を食べてから帰った。

6/4
わー自分がニンニクくさい!
朝から牛乳を飲みまくる。
今日も心斎橋へ。

「近くにカフェがあるけど行く?今度カジヒデキトークイベントやるようなアートカフェなんだけど」「無理かも…」という会話を経て、商店街の中の純喫茶「和蘭豆」に行った。らんず、と読む。アイスコーヒーのおいしい喫茶店だった。サンドイッチの中のスクランブルエッグがふんわりと優しい。

カジヒデキは一度ライブを見たことがある。当時40代後半だったにも関わらず半ズボンでスウェディッシュポップをぶちかましていたのが印象的だった。リハでThe Smiths弾いてたしきっと良い人なんだろう。
https://youtu.be/vAEXXESZ-BY

さいあくななちゃんの大阪個展の最終日が始まった。入り浸るわけにもいかないので、アメ村界隈をしばらくふらついてから、ビッグステップのベンチでぼんやりしていた。もはや店にすら入っていない。Wi-Fiが飛んでいるのでここから動きたくない。ジャルジャルかつみさゆりのさゆりちゃんがTVのロケをしていた。

スタジオでギターの個人練。2時間取ったのに30分経過時点でお腹が空いて困った。スタジオの自販機でドデカミンを買って凌いだ。練習後にコンビニに駆け込んで塩むすびを買った。

18時から、さいあくななちゃんの個展会場にて、ななちゃんが歌い、僕がギターを弾くかたちでミニライブをやった。人前でライブをするのは久しぶりだ。

今回CDで発売されているものも含め、ななちゃんの曲を3曲、僕が作った曲を1曲、大森さんの曲を1曲カバーした。歌詞を書き起こしたり演奏して分かったんだけど、さいあくななちゃんの曲はほんとに自分が思ったことしか書かれていないのが気持ちいい。ブルーハーツかよってくらいそのまま。晒け出されている。

ギターは全く上手ではないのだけれど、うまく何かが音に乗ってくれたような気がする。今朝、張り替えた弦がぎらぎらと気持よく鳴ってくれたのも良かった。
見に来てくれた方、ありがとう。

その後はクローズまで個展会場にいた。知り合いも何人か来てくれた。時間がきてお客さんが全員帰って、ななちゃんと一緒に会場の鍵を閉めて、ななちゃんは泊まっている場所へ帰り、僕は帰路に着いた。さいあくななちゃん個展大阪編が終わった。

2017/05/13-14 悟空のきもち 結婚式 京都メトロ

5/13
昼から「悟空のきもち」という店で頭のマッサージを受けた。自発的にマッサージに行くのは初めて。「絶頂睡眠」だの「快楽の向こう側」だの謳い文句が仰々しくて、予約困難が続いているので興味を持ち、キャンセルを待ちながら数ヶ月。やっと来店した。
気持ちよかった。良い・悪いを比べられるほどマッサージを受けた経験が無いけど。あと、頭をマッサージされていると、「寝落ちスイッチを押される」あるいは「強制的に夢うつつ状態に落ちる」というような瞬間が2回くらいあった。これが宣伝文句のやつなのか…!?
一瞬、夢を見ていたんだと思う。一瞬の夢の中にベッキーが出てきて、なんだかベッキーの印象がめちゃくちゃ強い。ベッキーの夢を見たマッサージ屋さん。

僕にはありあまーる
https://youtu.be/C6-AN8J385c

最後に、コリの傾向と、自分でも出来るマッサージ方法を、艶かしいお姉さんに耳元で囁かれて施術終了した。なんせ爆睡している客も何人かいるので、自然と小声になる。終始親切な人だった。

自分としては、珍しい体験をした日。

5/14
親戚の結婚式に参列。
20才くらいの時に、近い年齢のはとこがいると知った。とても美人な双子だ。親戚でこんなに可愛らしい人が居ていいの?まじで?と思った覚えがある。それ以来、2人とは緩やかに交流がある。今日は姉の方の結婚式だった。

仏教の結婚式は、愛だの恋だのがたがた言わないところが、かえって爽やかで良かった。念仏を唱えて、指輪交換の代わりに数珠が司式者から授与された。
披露宴でもお姉さんはずーっと美人だった。それを感慨深げに双子の妹(妹はもう結婚している)が美人な顔で見つめていた。

色々なことが懐かしいですね。必ず幸せな未来がありますように。お姉さん、おめでとう。

披露宴が終わり、そのまま京都メトロへ向かう。披露宴会場、新幹線、タクシー、地下のライブハウス、と、転げるようにアンダーグラウンドへ向かっている感じ、悪くない。

到着時点で開場から1時間経っていて、目当ての1つだったMagic, Drums & loveはほとんど演奏を終えていた。1曲しか聴けなかったかと悔しい思いで見ていたら、そもそも時間が押していたようで、結局3曲聴けた。諦めていたのに「もう1曲やるの!?」が2回もあったのでハッピーだった。
前身バンドとでも呼ぶべき「住所不定無職」がすごく好きで、関西で見られることはほとんど無かったからほんとに嬉しい。

「ぼくはきみの、きみだけのビートルズになりたい!」だなんて、なんてロマンチックなんだろう!
https://youtu.be/vbdwYJfvsHQ

全出演者良い感じだったけれど、最後に出てきたHave a Nice Day!がぶっちぎりにSCUMだった!アホみたいに音がデカくて、ロマンチックで、馬鹿で、格好良くて、フロントマンの浅見北斗はイアン・カーティスみたいに見えた。2リットルのペットボトルの水を客に撒いて、悪態をついたら客に帽子を投げつけられて、その客と殴り合っていた。何してんだよ浅見。でも最後の曲「blood on the mosh pit」で客席がイモ洗い状態で跳ねまくっていた光景は本当に刹那的で美しくて、君にも見せたかったな。

あとからTwitterで「ハバナイ」を検索したら、常連っぽい人が、今日はいまいち盛り上がりに欠けたなと言っていた。あれでいまいちなのか。是非ワンマンで見てみたい。

本当に「アンダーグラウンドは東京にしかないんだよ」なのかな。
大森さんが放ったこの言葉は、結構色んな場所に波紋を広げているような気がする。この言葉が「はやとちりだったね」となる時、この国はもうちょっと面白くなってるんだろうなあとか思う。

 

2017/05/06 戸田真琴

5/6
十三シアターセブンへ。まこりんこと戸田真琴さんのトークイベントに行った。来月に、大森さんとまこりんが東京でトークイベントをするのだけど、それを見に行くことが出来ないので、ええいならばという感じで今日来ることにした。
まこりんはAV女優だ。だから(というべきか)男性の参加者が殆どだった。大森靖子ファンの女性の知人と2人で来たのだけど、場違いだったかしらという気がして少しびびったので、とりあえずドリンクチケットを缶ビールに換えてグイッと飲み干した。萎縮が異文化を垣間見る期待へ変わっていく。

前半は仕事の話。(まこりんはAVの他にも、ブログや映画コラムの連載をしている)後半は質問やお悩み相談にアンケート形式で答える、という内容だった。

前半に出た「去年のクリスマスイブは廃屋でレイプされていた」という言葉がパワーワード過ぎて思い出し笑いしてしまいそうになる。誰にも伝える相手がいないのでここに書いた。もちろん撮影の話だ。

後半では自分が書いたアンケートも読んで貰えた。お悩み相談の欄に「10年くらい忘れられない恋がある場合、どうしたらいいと思いますか?」と書いたら、まこりんが壇上で凄く考えてくれて「10年も誰かを想うのは凄い事だと思う。それによって傷ついた事も沢山あっただろうけど、それはあなたが誰かを好きで居た証拠だから。だから、私はあなたを尊敬します」という内容を答えてくれた。これが僕の悩みなのか、フィクションとノンフィクションの割合がどの程度なのかはここには書かないけど、胸に沁みて嬉しかった。

お悩み相談のコラム連載では「相手の求めている言葉を探して、ぶっ刺す」ことを意識していると話されていた。「ぶっ刺すって、届けるってことね」と、壇上の聞き手役の方が付け足した。
AVでも、文章でも、作品をつくって、それを受け取るひとがいる、嬉しい気持ちになるひとがいるっていうのは、良いなあって思った。真面目で繊細で美しいひとだという印象が残った。来場特典でサインとかチェキとか握手とか色々あって、間近で見るまこりんは華奢で目が大きくてびっくりした。「M」が収録された「kitixxxgaia」にサインをしてもらった。

この連休の中で、いちばん受け取るものが多かった日だったと思う。メロメロになったからではないぞ。ないぞ…と思いたいぞ。

体感

「身に染みて分かる」という言葉がある。フィジカルで体感してやっと自分の気持ちを判別できる、という事も、時にはあるんだろうな、などと思った。
たとえばお菓子を美味しく感じられないのなら、まだおなかが空いていないんだろうなとか。たとえば肌に触れられる感覚を気持ち良く思えるのなら、この人のことが好きなんだろうなとか。頭で考えれば分かるのに、体感してみないと実感できないのが、愚かなところだなあって自分で思う。
色んなことがある。大抵の事は、自分が原因で、自分に責任がある。過去と他人は変えられないので、自分の責任の外にあるものは手放す。諦める。理不尽は心底見下す。軽蔑する。必要なのは分別。とか言って、そんなお題目でどうにかなるほど気楽なこの世じゃあるまいが。