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日記40

11/16
仕事。

11/17
仕事。
夜に病院へ。

実はリハビリを延々サボり続けていた。
復職後に初めて行ったリハビリの病院は、個人のクリニックで、お医者さんも良い人だったのだけど、やはりノリが合わなかった。というのが今振り返っての総括だ。合わないと思った理由は二つある。

一つはスポーツ医療に強い病院だったことだ。「一時的に」足を痛めた、運動部風の若者が多く、自分が障害を負うに至った経緯や、自分自身の内向的な気性と相入れなかった。グループで声を出してカウントをしながら、体幹を鍛える筋トレをするのがリハビリの中心で、これが結構ハードで、つらかった。甘えんぼデブおじさんここに極まれり。唾棄すべきである。

もう一つはリハビリ室の体制だ。入院していた病院は、常に理学療法士が一人の患者について、コミュニケーションをとりながらリハビリやマッサージを行なっていた。老人が多く、つききりで見ないと危ないし、そもそも動こうともしないので、当たり前といえば当たり前だった。
今回のスポーツ病院は、リハビリ室にはいつも3人の理学療法士がいた。ボスっぽい40才前後の男性と、30代の坊主の男性(年食ったあばれる君って感じ)と、曜日によって異なる女性。女性は日によって別の人で、小間使い程度のことしかしていなかったけど、ボスとあばれる君の関係が見ていてちょっとしんどかった。

ボスはいつも誰かのマッサージをしていて、リハの面倒をみるのはあばれる君という役割分担らしかった。しかし、実際にはボスがその指示内容を掌握していて、フロア全体を常に、マスクと前髪の間から覗く鋭い眼光で監視している。そう、監視しているという表現が一番近かったと思う。
ボスは何度もあばれる君を呼び寄せて、ぼそぼそと小声で指示を出し、あばれる君は額に汗をかきながら、それぞれの患者に指示を出しに回っていた。一目見て「裏でめっちゃ叱られてそう…」と思うような雰囲気だった。これも体育会系ゆえなのだろうか。
とりあえず、一律で高い効果のリハビリはできるかもしれないけど「自分を見て(診て)くれる」という感触は得られなかった。

それで結局「行かなきゃいけないけど、行きたくないなあ」で数ヶ月経ってしまった。会社帰りだと疲れるので、週1回(時々休み)くらいでやりたいと初回に言ったのに、次の時ボスに「この病状なら週2回は来てください」と言われたことが、億劫さに拍車をかけてしまったこともある。

とにかく、これだけ言い訳を重ねないといけないくらいに、数ヶ月リハビリに行かなかった、行けなかったという「つっかえ」が自分の中にあった。

しかし、新しい問題が出てきた。リハビリに行かなくてもほんの少し足の動きが良くなって、装具が自分に合わなくなってきたのだ。
今つけている装具は、特に左に関しては、動きが完全に固定されるようなもので、装具を作った時よりほんの少し動きやすくなった足とのズレで、かかとあたりに2個もマメができていた。装具を新しくするべきだった。そのためには病院に行く必要がある。
ちなみに装具は、両足で差し歯一本分くらいの値段がする。高い。恐ろしい。

自分にとって必要なものと不必要なものを選別することを考えたときに「装具を新しくする」というのは必要な項目だった。でも、サボっている病院に行くことはとても億劫だ。
自分ひとりで悩んでしまう時は、誰かに相談するに限る。過度でなければ。なので、今のスポーツ病院を紹介してくれた人(父だ)にそのことを打ち明けた。すると、それなら別の病院に行こうとすんなり言ってくれたので、とてもありがたかった。

逃げることで活路を見出す。
頭の中ではピンクメトセラが鳴っていた。
https://youtu.be/h8sfD5OBGf0


新しい病院は、複数の科がある大きな個人病院で、装具士さんも理学療法士の人も落ち着いた若いお兄さんで、少し安心した。
どうせ何事もゆっくりしかこなせなくなったんだから、ゆっくりやっていけばいい。死ぬまでにはまだ時間がかかりそうだから。

11/18
有給休暇。
朝、いつもより少し遅めの時間に家を出て、ヤボ用で銀行へ。
さっぱりした晴れの日だった。「哲学の道」の近くを通ると紅葉が綺麗だった。

白川通りは鉄道事情には恵まれていないけれど、その分文化的な雰囲気がある。北から順に、ラーメン激戦区、造形芸大、京都大学、美術館・動物園エリア、ラブホがいくつか、という大学生がご満悦しそうなラインナップなのもちょっと可笑しくて良い。

そのあと、東京へ向かい、大森さんのツアーファイナルを観た。
障害対応の席がなんだかんだで最後列のあたりという事になったので、耳は「非常に幸せだった!!」と熱弁している一方、目は「あまり幸せじゃなかった…まいぷにのおっぱいもあんまり見えなかったし…」と少し愚痴をこぼしている。
それもこれも僕の足が悪いせいなので、早くモッシュピットに突っ込む元気を取り戻したい。(元からその元気は無い)

blood on the mosh pit
https://youtu.be/M9kvfZj4gig

大森さんが「私はみなさんを映す鏡なので、ライブの感想もあなた自身の体調次第です」というMCを冗談まじりに言っていた。その通りだ。

今回のバンド編成は、大森さんの明るい部分も、深遠な部分も、どちらも表現出来るメンバーが揃っていて、今思い返しても鳥肌が立つ。「私は面白い絶対面白いたぶん」が完璧な方法でライブで披露されたのには膝を打った。チョーウケる!

ポップな曲から始まって、本当に大事な新曲の「オリオン座」を極点に置き、暗闇を歩くための燭台のような弾き語りを数曲経て、深い深い場所で果てしなく広がるように鳴らされる「あまい」「TOKYO BLACK HOLE」「音楽を捨てよ、そして音楽へ」。最後に一気に奥底と明るい場所を繋ぐように、アンコール1曲でキメきった「マジックミラー」と、考え抜かれた舞台のようなセットリストは本当に感動的だった。今振り返っても、やはり身震いする思いだ。

キーを抑えめにした「ミッドナイト清純異性交遊」も、「ピンクメトセラ」で踊る私。ちゃんも、もう一度見たい。ああもう僕に言えることは映像化希望しかありません!映像化希望!フル尺で!映像化!販売を!ああ!

はー、いつか「少女漫画少年漫画」のバンドバージョンも聴きたいな。

閑話休題。ライブの後は帰る予定だったけど、友達の佐々木とも会えて、なんだかテンションが上がって、ファンの飲み会をしている店に一緒に行くことになった。ただライブを見に来ただけなのに「打ち上げ」や「反省会」と言うのがまだ少ししっくりこないので、今のところ「ファンの飲み会」と呼んでいる。あえて言うなら親睦会?
でも大森さんは、お客さんあってのライブだということを何度も強調して言ってくれるので、打ち上げとか反省会でもいいかもしれない。

それはさておき、今回のツアーグッズの「意識高いT」を纏った集団はなかなか異様で、一方、絵柄の筆致から漂う有無を言わさぬエレガンスさが目を惹くのか、とにかく居酒屋のキャッチのお兄さんや、新橋の酔っぱらいサラリーマンにポップに絡まれ、TVのインタビューに掴まったりもした。サラリーマンは、やまやの明太子をくれた。あとで食べたらめちゃくちゃ美味かった。

一軒目の、いい感じに雑多な「いろどりキッチン」の次の店を特に決めていなかったので、結局20人くらいで居酒屋のお兄さんについていった。お兄さんは、初めてこんなにゲットしたぜとばかりに、嬉しそうな顔をしていた。

そのあとカラオケに行って、早朝の電車で帰宅。オールなんて2年ぶりくらいな気がする。最後には、自分も含め声が枯れた2人だけが残ったので、2人でおし黙りながら、各々の充電が切れかけのiPhoneを山手線の中でいじっていた。降り始めた小雨に濡れながら帰った。でも楽しかった。わはは。

11/19
7時に泊まる場所に帰り、どうにか歯磨きだけして就寝。夕方に起きてシャワーを浴びて、ごはんを食べて、就寝。
完璧に計画的なオールの次の日だった!

(明日は有意義な一日を過ごしたい)

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