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日記42

11/26
大森さんが栃木の「岩下の新生姜ミュージアム」でライブを行う日だ。この日のライブは「オリオン座」のシングルCDをネットで予約した人を対象とした、200人規模の招待制ライブだった。

このライブが実現するきっかけはこうだ。まず、大森さんが、ミュージアムのグッズである「新生姜ペンライト」がハラスメントの道具に使われている事実についてツイッターに投稿し、それを受けて社長が(きっと、とても悩み抜いた末に)ペンライトの販売停止を決断。
そして、この顛末が、炎上に近い議論を呼び、大森さんが「私と岩下の新生姜の社長とそれぞれのファンだけアホ見てんのは納得いかないので、ここはひとつ、新生姜ミュージアムでドカンとライブやって私と社長と傷つけてしまったファンのみんなで馬鹿笑いしようじゃないか!!! 」(LINE BLOGより)と奮起。開催に至った、というものだった。

僕は去年の8月に新生姜ミュージアムを訪れたことがある。いい意味でアホで、愛に溢れて、音楽好きがにじみ出て、ピンク色でいっぱいだったこの場所がすごく気に入ったので「ここのホールのピンク色のグランドピアノで大森さんがライブしたらいいだろうなあ」と思っていた。
それが実現するのは本当に嬉しかったけれど、そのきっかけが冗談と嫌がらせの違いが分からない人たち、あるいは自分を省みずインターネットで好き勝手放言して他人を傷つける人たちである事には、ある種のいたましさを感じていた。

そして、この問題が起きた当時、自分にできる事は何だろうかと考え、岩下の新生姜と大森さんに敬意を表して、通販で新生姜グッズと食品を買いまくるという個人的キャンペーンを勝手に実施した。
ピンク色の煮卵や、生姜炊き込みご飯を食べて、ピンクのアルパカを部屋のナナちゃんグッズ置き場の横に据えて、寝間着にミュージアムTシャツを着るようになった。食品はどれもこれも美味しかったし、文字通り、勝手に美味しい思いをしたかたちだ。

少しずつ食べ進めていた「ご飯にかける岩下の新生姜」の瓶が空になる頃に、ライブ当選のメールが届いた。

知り合いの中では、何人かはずれている人も居たけれど、こう言っては申し訳ないが、全くはずれる気がしなかった。おそらく新生姜を食べまくったおかげで、運命力と新陳代謝が高まっていたのだろう。

これは「ぼくのためのライブ」だ。
そう思って栃木へ出発した。(大森さんのライブに対して、こういう思いを持つ人は多い)


ぜんぶ、hayatochiriかもしれないけれど
https://youtu.be/PzUhd4I1mko


朝方、新幹線に乗って、品川駅を経由し、銀座で「デルレイ」のチョコレートを買った。同僚の結婚祝いだ。ついでに、古くなったゲーム機をくれるという知り合いへのお礼のために、小さな箱でもうひとつ購入した。
その後、栃木へ向かうのに便利な北千住駅へ向かった。

北千住のマルイの中にある「カフェクローバー」で、東京に住む彼女と合流した。

彼女とは、ここ2週間ほど、極めて険悪な状況だった。(この後しばらく険悪だった理由を書いていたのだけれど、日記として不適切だったので削除)

色々と話し合って、まだ内容は平行線だったけど、ライブの時間も迫ってきたので、ふたりでカフェのサンドイッチを分け合って食べてから、東武鉄道に乗って栃木へ向かうことにした。

彼女も新生姜ミュージアムでのライブに当選していた。去年の8月に同ミュージアムに一緒に行ったのも、その彼女とだ。
あの頃は全くもって仲が良かったし、僕は普通に歩けていたな、なんて思いがほんの少し頭をよぎる。

ミュージアムに入ると、既に何人か知り合いがいたので、彼女はそちらと話しに行き、僕は整理番号を引き換えたあと、外の階段に腰掛けて、日が暮れていくのと、巨大な新生姜オブジェがゆっくり虹色に光るのを見ていた。
なぜかずっとけん玉を練習している人がいた。

ひとの心は、うつろうものだ。そして、ひとの心は、独りでは、うつろなものだ。誰かと心が近づいたり、離れたりするたびに、すれ違うふたつの彗星を思い浮かべる。あなたとわたしは、ある時期に軌道が近づいただけで、離れれば、それぞれの宇宙に帰っていき、二度と会わないだろう。
そんなことを、夜と、あやしく光るオブジェの輝きと、カン、カン、と時間に楔を打つけん玉の音といっしょに、想像していた。
どちらかというと、かなしく、張り詰めた気分だった。

でも本当は、誰かの心が離れていくのは、100パーセント自分の責任だ。
それに目を背けたくて彗星のことなんか考えている。

整列して席に着いた。
運良く最前列のやや上手側に座れた。周囲に座ったのは知らない人ばかりだったので、何も気にせずライブを見られそうだった。
一人一本、新生姜ペンライトが配られた。新生姜ミュージアムでは、ペンライトは新生姜以上の意味も、以下の意味も持たない。スイッチを入れると、ペンライトはやや頼りない光力で白く瞬いた。

1年半前に思い描いた、ピンクのグランドピアノ(そこに鎮座するナナちゃん)、マイクスタンド、ハミングバードという並びが、目の前に実在している。
熱望していた夢が叶ったというよりは、昨夜の夢に出てきた景色が、目が覚めても眼前に広がっているような、不思議な感触だった。

30分後、大森さんがステージ横の階段を降りてきて、拍手が湧き、ライブが始まった。
見たことのない黒のワンピースを着られていたので、大森さんがTOKYO BLACK HOLEツアーで毎回異なる黒い衣装を身に纏っていたことを思い出した。

セットリストは下記の通り。

TOKYO BLACK HOLE
マジックミラー
絶対彼女
ミッドナイト清純異性交遊
SHINPIN
春の公園(調布にて)

KITTY'S BLUES
オリオン座
キラキラ
青い部屋

Over The Party
給食当番制反対
最終公演
ハンドメイドホーム
少女漫画少年漫画
YABATAN伝説

en)
さようなら

いつも、ライブに来る前と、終わった後のことについては書けるのに、ライブ自体の話になると手が止まってしまう。
どのように感情が動いたか、どんな風に感動したかという話は、行動を思い出して文字として記録するより、丹念な作業が必要だからかなと思う。

でも今回は、その部分を疎かにするわけにはいかない。それ程に突き刺さり、胸が震えた、濃密な1時間だった。
初めて大森さんのライブを見た日や、ステージから降りてきた大森さんに手を握りしめられて泣き崩れた日の事などを思い出した。
顔を歪めて涙を流しながら、目の前で行われている音楽を、表現を、芸術を体感した。

新生姜ミュージアムで「馬鹿笑いしようじゃないか!」と言っていたように、大森さんはペンライトの存在を意識したライブをするのではないかと思っていた。たとえば、オケを流して盛り上がるような曲を、いつもより多くセレクトするかなと思っていた。
しかし実際には、今日のライブは、ツアーでの弾き語りと同じ体制で行われた。TOKYO BLACK HOLEツアーで培った経験を、濃密な空気を、ブラックホールのように吸い込んだ全てをひっさげて"大森靖子"はこの場に来ていた。単発企画ではない、裏ツアーファイナルとも言うべき、本気のライブだったと思う。

僕はこの場に「どこかの誰かが起こしたハラスメント」をきっかけとして来ていて、しかも「男女関係に緊張がある」張り詰めた状態で座っている。
そして、その事実と、その感情の結び目のように、強く印象に残ったのは、一曲目の「TOKYO BLACK HOLE」で歌われたこの歌詞だった。

赤い染みのパンティと
目があった 目があった
目があった 目があった

頭の中で鍵穴が回る音がした。
パンティの赤い染みは生理によってつくもので、女性性を示していると捉えられる。
それを目で追うこと。女性が隠している部分が「ビル風に煽られた」時に、そこに向かって遠慮なく視線を送るという描写は、自分が持つ男性性への苛立ちや、憎さや、悲しさを照らし出すものだった。

「弱い正義で今宵射精」、「愛さない認めない変わらない方が無くさない」、男性の弱さや不甲斐なさや頑なさが、かさぶたをめくるように歌にあらわにされていく。
それでも「人が生きてるってほらちゃんと綺麗だったよね」と、歌は、それを決して見捨てずに続いていった。

"大森靖子"の歌に晒されて、男性という性の暴力的な面、傲慢さ、あるいは孤独が、ひとつひとつ明るみにされていくように感じた。
それらが、実感として頭の中で折り重なっていくほどに、俺はペンライトをペニスに見立てたどこかの誰かと、何が違うのだろうかという思いに近づいていった。
歌は、静かにそれを指摘していた。

汚されるための清純じゃないわ
ピンクは見せられない

絶対女の子 絶対女の子がいいな

「女子」を肯定し、鼓舞する、ひとつひとつのフレーズも、今日は「女子」を守り、男性に静かな抗議を行うプロテスト・ソングのように感じられた。

歌に没入するほどに、僕は、死にたくても死にきれない調布の四コマ漫画家で、誰にも知られないまま老人ホームで働く青い部屋の住人で、新鮮な魚も目が飛び出るほど汚れた心の持ち主だった。

…。

少女漫画少年漫画の詞世界が丁寧に紡がれたあと、「YABATAN伝説」の弾き語りでふっと気持ちが緩んだ隙にライブは終わり、アンコールの「さようなら」で、終演が告げられた。

水底まで渦に飲まれ、やっと呼吸が出来たような気持ちだった。

ああ。

やっぱり、あの時の気持ちをどうにか言葉にしようだなんて、とても困難だ。思ったことの1割も書けなかったな。

そして、こういう聴き方や感じ方は、大森さんは望んでいなかったかもしれない。きっかけや経緯がどうこうという事に関係無く、いつものライブをすることで、無用な声をはねつけようという意志が大森さんにあったのなら、僕の感情の動きはそれと真逆になってしまっている。

まあ、ライブの感じ方なんて人それぞれでしょ。僕は好きだよ。とにかく。言い訳したくなるくらいには。

事実の羅列に戻る。

東京で人に会う予定があったので、ライブが終わるとすぐに駅へ向かった。
彼女には一言、先に帰ると連絡を入れた。

1時間半ほど電車に揺られて、池袋に着く。友達2人が既に先に合流していて、わー見つけたぞーというように両手をばたつかせながら近づいてきたので笑ってしまった。
iPhoneの電池が切れそうで、店を探すことが出来なかったので、適当な居酒屋に入ったら、本当に適当なクオリティの、ぼったくりすれすれの店で、これにも笑ってしまった。
貧乏な家庭の食卓みたいな個室に通されて、女の子の方の友達が「この壁、ベニヤだね」と言った。

極端に肉が少ない鍋をつつきながら、2人とも彼女と共通の知り合いだったので、色々と話を聞いてもらった。
僕が要領を得ない漠然とした不満を繰り返すので、最終的には「結局、ゆるすか、別れるかだよね」という話になった。

一寸考えて、別れたいとは思わなかったので「ゆるす」ことにした。

その日の夜は、狭いビジネスホテルに泊まった。

11/27
彼女に連絡をして、午後に会うことになった。最寄りの駅で待ち合わせる。彼女は、ぼくが好きなMILKのコートを着ていた。
前から行きたいと話していた駅前のつけ麺屋に入った。こちらの態度が一晩でまるっきり軟化したので、彼女は怪訝そうな顔をしていた。我慢するのではなく受容することを決めたら、一気に楽になったのだという話をしたら、彼女ははぁそうなんですかという顔をした。それで我々は仲直りをして、ぼくは半ライス付きのつけ麺を、彼女はみそラーメンを食べた。

昨日3DSを譲り受けたので、ゲーム屋で「ポケモン」と「スマブラ」を買ってから、彼女としばらく一緒に過ごして、帰ることにした。
帰る前に、大学の(聡明な)先輩と会って、近況報告をし合った。

普段は絶対に手を出さないような、駅ナカの値の張るカツサンドと、アサヒスーパードライを1缶買って、新幹線に乗った。

これは祝杯だ、と思って缶を開けた。

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