あなたも「夫のちんぽが入らない」を読んでみないか。テレビの書籍売上ランキングに食い込ませて、真面目な顔のアナウンサーに「夫のちんぽが入らないが売れています」と言わせてみないか。

小学校の頃から読書感想文は苦手だった。その傾向は今でも変わらない。しかし、稚拙な文章でもどうにか伝えなければいけない、伝えようとしなければならない事もある。

たとえば、僕のこの言葉が伝わる誰かに、是非この本を読んでほしいと思った時。思うというより、切に願うという方が近いかもしれない。今がそれだ。本のタイトルは「夫のちんぽが入らない」。卑猥な本ではない。ここから先は本の内容に言及してネタバレしていくと思うので、読む気がある人は、出版社の特設サイトを閲覧の上さっさと書店に走ってほしい。
http://www.fusosha.co.jp/special/kodama/


これは、作者のこだまさんの体験、実話を元にした私小説だ。元は文学フリマで発売された同人誌「なし水」に掲載されたエッセイで、これが飛ぶように売れ、大きな反響を呼び、今回書籍化に至ったそうだ。僕はこの本の存在について、フリマ以降・書籍発売以前に知ったので、発売日を楽しみに待っていた。

しかし「楽しみに」という言葉が適切かどうかが分からない。この本の内容は、タイトルから想像されるような、ちょっと下ネタ混じりの軽妙な小説というイメージから対極の位置にある。それに、「夫のちんぽが入らない」という問題が「夫のちんぽが入ってよかったね」という結末に至り、めでたしめでたしとなるような物語でもない。全くない。一人の人間の人生が描かれているので、物事はそんなに簡単に進まない。人生は四コママンガではないのだなあと、相田みつを風の筆致で想起してしまう。


この本には、こだまさんが、夫(のちに夫になる人)に出会ってから、今に至るまでの20年が書かれている。地元への複雑な思い、母との確執、教員として就職したあと学級崩壊したクラスを受け持って精神が死の淵まで追い詰められていく様子、その後の闘病生活。そして、その20年間にずっと横たわり続ける「夫のちんぽが入らない」という苦悶。トピックを並べてみれば極めて重い内容だ。思いっきり不幸自慢に振り切ろうとすれば、大会上位入賞は確実、表彰台も狙えるだろうというレベルだ。

しかし、これらの内容がとてもフラットな視点で、巧みなユーモアを織り交ぜながら紡がれているのがこの本の面白さだ。不幸自慢ではなく、むしろ命を懸けた自虐ネタとでも言うべきなのだろうか。それが「笑ってはいけない場面でうっかり起きてしまったアクシデント」みたいに、可笑しさを増幅させて、そのユーモアで気づけばさらに本筋に深く引き込まれていく。なんせ20年間が200ページに濃縮されているのだ。この本には、あらゆる感情が詰まっているように感じた。それだけ濃い内容が、平易な(安直ではない)言葉で巧みに描かれている。


そもそも、こだまさんは匿名で執筆活動をしている。作者プロフィールの筆頭にも「主婦」と書かれている。だからこそ、多少センセーショナルなタイトルで、さらけ出すような私小説を刊行できたのだろう。その匿名性と拡散力のバランスに、「本」というメディアの可能性を改めて確認できたような気がする。
この本が、このタイトルで、全国の書店に展開されるというのがいい。社会へのほんの少しの抵抗のような気さえする。小説を通して感じられるこだまさんの人柄は、どちらかというと物静かで努力家という感じがするのに、今回の書籍刊行はマジでロックンロールだ。急に語彙が貧弱になってしまったけど。


そして、あとがきの一番最後には、死ぬ直前に「夫」にこの本を渡そうと思うと書いてあった。こだまさんの20年の日々が詰まったこの本は、時に喜劇で、悲劇で、青春小説で、社会への問題提起で、そして、魂の込められた遺書なのだと、その一文を読んだときに感じた。

本を読んだ数時間で、僕は一人の人の人生に触れ、それが自分の人生と共振を起こし、最後の1ページで涙があふれ、鼻水を垂れ流し、手足と顔面が痺れるくらいしばし泣いた。この最後の1ページのオチが秀逸で、爽やかな読後感とともに心をずどんと撃つのだ。
だから、あなたも「夫のちんぽが入らない」を読んでみないか。テレビの書籍売上ランキングに食い込ませて、真面目な顔のアナウンサーに「夫のちんぽが入らないが売れています」と言わせてみないか。そうしたら、世界がほんの少しだけ良くなるかもしれない。あまりにも売れすぎたら、こだまさんの(いわゆる)身バレという危機も発生してくるかもしれないので、できるだけ静かに、なるべく多く、この本が色んな人の手に取られたらいいなと思う。