日記80

6/5
「さいあくななちゃんの搬出を手伝って、打ち上げをして解散!万歳!」という想定は無残に打ち砕かれて、東京への日帰り出張の仕事が入ってしまった。
「東京が来い」を私的コンセプトとして個展の招聘をしているのに、現実は無慈悲だ。でも会社のお金で東京に行けるのは嬉しい。日当も出る。

楽しいけど住めない街。住んでみたけど耐えきれなかった街。僕は、東京をディズニーランドか何かだと思い込んでいるふしがある。

新幹線で出発し、午後に3時間程度の用務をこなした。全国からその仕事の担当者が集まって「規定の改正」みたいな話を聞くという主旨だったのだけど、改正が理想論に寄りすぎていて、しかも規定が穴だらけだったので、質疑応答が紛糾し、結構キツイ言葉が飛び交っていた。

現地集合した職場の先輩と「エメンタールチーズのようだね」「“できるだけ手を使わないでください”って審判が言っているサッカーですかね」と感想を述べ、若干肩を落としながら解散した。

その後、新宿伊勢丹へ。
5階で行われている展示を見た。

「Self Portrait」と題された絵を見た。

一見すると8ビット調に描かれた遺影のように見えるが、全てのセル(とでも言うべきだろうか。絵を構成するひとつひとつの四角のことだ)が油絵で描かれている。そしてそれぞれのセルが意味を持っている、というか、荒ぶって意見を主張しているように感じられた。
情報量に圧倒された。四角の集まりがひとつの集合体を成していることは元より、立体感や、質感が、作者の持ちうる技術を注ぎ込んで作られているのがひしひしと感じられた。素人意見だけど、目や遺影のリボンは浮かび上がるように見える黒、髪の部分は背景としての黒、と描き分けられているところなんか特に、ここの技術どうなってんだろうスゲーと思った。あと唇の部分も。
とはいえ、技術は伝えたいものがあるから行使されているのだろう。華やかな伊勢丹の真ん中に自分の遺影を、それと分かるができるだけポップな形で描いた作者の意図を思った。「伊勢丹での買い物」は死とは程遠い位置づけにある気がしたので、そのコントラストを面白く感じた。

描いたセルを積み上げて自画像をつくりあげたようにも、自画像を油絵に落とし込んで細切れに断裂させたようにも見える。いずれにせよ行き着く先は死(遺影)だが。

もっとよく見ていたかったけど、足が痛んできたのでその場を離れた。関係ないけど、新宿伊勢丹の1階に入ると店員さんみんな真っ黒の服を着てるよね。あれ「新宿の伊勢丹って感じだ~」って圧倒されるけど、なんか豪華絢爛な葬式にも見えるよね。

約束をしていた知人と会って、新宿ゴールデン街珍呑へ行った。前から会ってみたかったのりこさんが担当の日で良かった。飲んで話していると、あっという間に時間が過ぎていった。ていうか何の話をしていたんだろう?途中でのわちゃんも来てくれたので、解散するときにハグして首筋に嚙みついた。

珍呑でハートランドとダブルのウイスキーを飲みすぎたので、新幹線の終電なんかとっくに過ぎていた。薄々そんな気はしていたんだ。そのまま新宿で朝を迎えた。

6/6
4時に起きて、5時に出発。
定時に出勤し、定時で退社した。

ゴールデン街のホームレスこと俺は「家は料理をつくることも出来るし、ベッドで寝ることも出来るし、家って素晴らしいな…」といたく感動して眠りについた。ものすごい勢いで身体の機能がオフになったのでちょっと面白かった。爆睡。疲労困憊ゆえに。

6/7
仕事。

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