日記106

11/19
寝たり少し出かけたりして過ごした。
エイヒレを食べた。

11/20
昨日と同じような日。
鳥肉を食べた。

11/21
障害者向けの転職支援サービスの面談に行ってみた。

グランフロント大阪のオフィスブースはめちゃくちゃ綺麗で、こんなところで働く人がいるんだなあと思った。後日友人に、そこで血ヘド吐いてる人のおかげで綺麗なビルが建ってるんだよ…って言われた。

転職したら今より待遇が確実に下がること、でも現職種でしんどそうなひとがこれまでにも来たよということ、自分の適性についてのアドバイス、などを話して貰えた。

ミスドでパン1つとカフェラテ、スタバでソイラテを摂取して帰宅。

11/22
午前中に通院。
午後に再度出向いてカウンセリング。

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車の運転を失敗する夢を何度も見る。
何年も続いている。
ハンドルを切り損ねる。道を間違える。思ったように動いてくれない、というシーンで息を切らしながら目が醒める。

以前に、車を所有していた。

社会人になってから父と折半の費用で買って貰った。でも、何回運転しても慣れず、楽しくもならず、僕にとって車の運転は常に恐怖感を伴うものだった。

また、その車は必ずしも自分が欲しいものではなかった。
僕はクラカルなデザインの小さな軽自動車が欲しかったが、父は、多くのひとが初めて購入するような、堅実なデザインの普通自動車を買った方がいいと言った。

その薦めは全く間違っていなかった。家族の中で長年車に乗っているのは父だけで、そもそも父の言うことはいつも・必ず・論理的に正しく、それに従うのが真っ当だった。だからそうした。
でも、僕はその車を好きになれなかった。

車を所有している限り、ガソリン代、ガレージ代、自動車税の不安もいつまでもつきまとった。

一度精神的に酷い状態になった時に、殆ど独断でその車を売り払って処分した。
中古車買取りセンターへ運転して行って、その車を引き取って貰う時も最後まで恐怖が纏わりついていた。

いま思えば、その車というのは自分の中で「世間一般の正しさ」の象徴だったのかもしれない。さらに言えば「世間一般通り、真っ当に家族を持って父親になる」ことの象徴なのかもしれない。

世間一般の正しさが、自分の嬉しさに必ずしも繋がらないという経験はこれまで何度もしてきた。それはずっと自分がおかしくて、自分が間違っているからだと思ってきた。だから我慢してきた。耐えてきた。「普通」なら耐える必要がないことを「普通じゃないから」懸命に軌道修正しようとしてきた。

でも、それをしたからといって最後に僕自身に残るものは何だというんだろうか。
今はそういうものに対して、心底疲れきっている。もう、心も身体もボロボロだから、少しくらい好きにさせてほしい。

だから車の夢を、車の運転を失敗する夢をいつまでも見るのかもしれない。
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今日のカウンセリングでは、そういう話をした。

いまは両足が障害になって、車を運転しなくてもいい言い訳を持っている。
そのことに安堵すらしている。

11/23
ネットで注文した家具がいくつか届いたので、棚を組み立てたりして過ごした。

あまりうまく食事を摂ることが出来なくて頭がまわらない。
空腹をうまく認識出来ないけれど、インターネットやテレビを見ていて、いやに食べ物が目につくようになってくると、何か摂らないといけないんだなとやっと分かる。

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